三重県三重郡朝日町について
朝日町(あさひちょう)は、三重県北勢地域にあり、北で桑名市と、南で四日市市と隣接している町。(Wikipediaより引用)
町内にJR関西本線朝日駅、近鉄名古屋線伊勢朝日駅があり、名古屋からの交通の便がよく、ベッドタウンとしても知られています。
面積・・・5.99km2
人口密度・・・1,590人/km²
総人口・・・9,529人(H.22.7.1現在)
三重県三重郡朝日町
・朝日町
三重県三重郡朝日町は昭和29(1954)年10月17日に誕生しました。
当初から合併と予算についての問題があったようです。
朝日町の東側の平坦地は水田地帯・工業地帯となっていて、
西側の丘陵地には標高80メートル以下の山林や畑が広がっています。
近年では国道1号線沿いに多くの商業施設があり、高速道路のインターチェンジができるなど更なる発展が見込まれます。
朝日町の施設
・朝日小学校
朝日小学校の現在の校舎は1962年に完成しました。
円形校舎で、珍しいデザインです。
・役場
当時の朝日村の役場は1916年に完成しました。今では、朝日町資料館として利用されています。
そして、朝日町が誕生してから10年後、1964年には朝日町役場が完成しました。さらに1989年には増築が行われました。
朝日町の交通
・国道一号線
朝日町に国道一号線が開通したのは1932年で、旧東海道にかわって朝日町の重要路線となりました。
国道一号線沿いには様々な商業施設があり、産業の活性化にも役立っています。
・旧東海道
江戸時代、桑名宿と四日市宿を結んだ旧東海道には宿や茶店があり、旅人でにぎわっていました。
現在では国道一号線の開通により、かつてのにぎわいはなくなりましたが、町の中心部を通る東海道は現在でも地域の暮らしを支えています。
・近鉄伊勢朝日駅
昭和4年(1929)、伊勢電鉄桑名四日市間開通に伴って開業した伊勢朝日駅。
それ以来、伊勢朝日駅は町の交通拠点として地域の発展を支えてきました。
昭和42年(1967)には準急停車駅となり、平成5年(1993)には駅前広場も完成しています。
参考文献・・・朝日町役場 産業振興課「朝日町五十周年記念誌」
朝日町の今と昔
昔の朝日町と今の朝日町を比べてみました。昭和30(1955)年 | 今(2004年) | |
結婚 | 27組 | 19組 |
出生 | 73人 | 92人...153人(2008年) |
死亡 | 19人 | 50人 |
成人者数 | 86人 | 89人 |
予算(一般会計) | 2101万7710円 | 25億9000万円...30億8000万円(2010年) |
町税(一般会計) | 2014万8728円 | 12億4346万円...17億1490万円(2010年) |
人口 | 5012人 | 6744人...9535人(2010年) |
戸数 | 1004戸 | 2420戸...3514戸(2010年) |
朝日町はおよそ50年で人口が約2倍になりました。
ここまで人口の増加率が高い市町村はなかなかないのではないでしょうか。
ここ数年、朝日町には大規模な住宅地がつくられるなど、朝日町外からの移住者が急増していることが原因かと思われます。
2004年度の人口と2010年度の人口を比較すると、2004年からおよそ2800人も増加していることになります。
それに伴い、予算も増加し、朝日町の規模は大きくなりました。
出生人数も2004年から急増していますので、あと数年はさらに朝日町の人口が増えるでしょう。
ちなみに僕も朝日町外からの移住者の一人です。
しかし、結婚組数はおよそ3分の2に減っています。
これは時代の流れとも言うべきでしょうか。
参考文献・・・朝日町役場 産業振興課「朝日町五十周年記念誌」
朝日町が全国のなかで「子どもが最も増えた自治体」となった理由
日本テレビ系列の報道番組「バンキシャ!」という番組で、朝日町が「子ども(の割合)が最も増えた自治体」として紹介されました。前述の通り、朝日町の子どもの人口が急増しているのは事実ですが、それが全国1位であることは意外なことであると思います。「バンキシャ!」によると、「名古屋市内へ30分という利便性から開発が進み、子どもの数が急増した」ようです。
では、その宅地開発による人口増加以外にも原因はないのでしょうか。
宅地開発がすごいのではなく、宅地開発以前は人口が少なかった為、人口増加率が他の地域より高く出たのではないかという意見もあります。
まとめると、
・宅地開発がおこなわれ、移住者によって人口が増えたから
・元々人口が少なく、その人口に対しての移住者の比率が他の地域と比べて大きかったから
ということが理由となっていると思います。